足羽川河川敷に残る道路跡

足羽川に架かる泉橋、そこから右岸の河川敷を見ると2車線の道路があることがわかります。なぜ河川敷に道路が?新幹線工事のための工事用道路?この道路は北陸本線高架化事業に伴い、城の橋通りの迂回路として2004年~2005年の1年間だけ使われた「足羽川河川敷道路」の名残であります。ここでは足羽川河川敷道路の歴史と現在の様子について紹介します。

 

足羽川河川敷道路とは

豊島跨線橋の撤去工事

福井駅連続立体交差事業に伴い城の橋通りの豊島跨線橋の撤去が行われることになりました。同時期に撤去される日之出跨線橋は側道を活用し、臨時の踏切を設けることで東西交通路を確保しましたが、豊島跨線橋の真下は福井駅構内にあたり、鉄道分岐設備があるため、臨時の踏切を設けることができません。城の橋通り(主要地方道福井加賀線)は福井と大野・岐阜をつなぐ大動脈であり、多くの交通量があります。跨線橋の撤去をするには長期にわたり全面通行止めにする必要があるため、足羽川河川敷に迂回路を設置することになりました。2004年9月より河川敷道路の供用を開始すると同時に跨線橋を封鎖、解体工事を行い、ほぼ1年後の2005年7月に城の橋通りを再供用させ、河川敷道路を封鎖しました。

跨線橋撤去の工程表、P64

 

P62

 

右上の写真に足羽川河川敷道路が写っています。

 

足羽川河川敷に迂回道路を設置

足羽川河川敷道路は足羽川右岸の河川敷に作られた全長670mの2車線道路です。自動車専用道路で歩行者や自転車は通行できず(歩行者・自転車は豊島跨線橋下の地下道を利用できた)、鉄橋や橋梁の下を通るため、高さ3.4m以上の車両も通行できません。木田橋通りから、高水敷に降り、北陸本線鉄橋・泉橋の下を通り、佐佳枝ポンプ場付近で城の橋通りと合流します。2003年末に着工、2004年8月より供用開始の予定でしたが、7月の福井豪雨の復旧作業により、9月に延期になりました。河川敷にあるため大雨時には通行止めになり、2004年10月の台風23号の時には出水により一時通行止めになりました。

 

P65

 

福井豪雨後の迂回路

2004年7月の福井豪雨直後の航空写真です。木田橋付近に真新しいコンクリートで作られたアプローチが写っています。まだ供用前なので舗装やガードパイプも新品でしたが、泥まみれになっています。

 

泉橋下です。

 

木田橋付近です。

ここまでの画像やイラストは福井県サイトより引用。

 

以上、迂回路の歴史でした。次からは2020年8月現在の迂回路の様子を紹介します。

現在の様子(2020年8月)

2020年8月23日撮影

木田橋付近

木田橋通り北詰めです。仮設道路はここからスタートしていました。右の公園は旧荒川です。

 

 

現在の河川敷に降りるスロープです。仮設道路時代はこの場所に盛土され2車線分確保されていました。現在は新幹線工事道路としても使われています。

 

河川敷に降りました。河川敷は歩行者や自転車、管理用のために車1台分舗装されています。

 

北陸本線付近

北陸新幹線足羽川橋梁を施工しています。

 

橋本体はほぼ完成しているため、工事用仮設橋を撤去しています。今だけこの場所に橋が3本架かっています。

 

荒川排水機場の吐き出し路に4mほどの橋が架かっていますが、この橋は仮設道路廃止後に作られました。仮設道路時代、吐き出し路は倍以上の幅員があり、仮設道路用のスパンが長い橋が架かっていました。

 

新幹線工事用仮設橋の下に仮設道路時代の橋台が残っています。

 

道路の真ん中に新幹線工事用仮設橋の橋脚が建っています。

 

新幹線工事用仮設橋の橋脚です。

 

仮設道路の下流側橋台後です。ここから仮設道路の痕跡が残っています。アスファルトは当時のままでしょう。

 

仮設道路の融雪装置跡です。

 

道路橋のコンクリートに等間隔で並んでいる穴は仮設道路時代のガードパイプ跡です。

 

新幹線橋梁の真下です。

 

「カーブ注意」の文字やセンターライン、区画線が残っています。

 

北陸本線~泉橋間

廃止されて15年、山中の旧道のような廃れ具合ですが福井都心の近接地です。

 

ジョキングコースを示す案内、削れています。

 

泉橋が見えてきました。仮設道路時代は架け替え前の旧泉橋でした。

 

泉橋より

泉橋の上から撮影、上流側(北陸本線側)、ここからだと仮設道路の全体が見えます。

 

下流側(幸橋側)

 

泉橋~城の橋通り間

泉橋を超えると車線を半分ふさぐ佐佳枝ポンプ所の吐出し路の水門があります。現在の佐佳枝ポンプ場は2011年に完成しましたので、この水門は仮設道路廃止後に建設されたものです。

 

融雪道路は通常なら道路センターになりますが、仮設道路の融雪装置は道路端に設置されています。河川敷という立地なため、片勾配しかとれないからでしょうか。

 

泉橋から150mほど下流に進むと舗装幅員が半分になります。現在残っている仮設道路はここまでで、ここから先はスロープで堤防を越えていました。

 

反対側

 

幸橋の目の前ですが、仮設道路供用中は橋の架け替え工事をしていました。橋の真ん中を走っている福井鉄道の線路も上流側に仮設橋が設けられており、右岸側には電車を止めるための踏切が設置されていたことは有名です。

 

2007年10月の幸橋の鉄道仮設橋

旧佐佳枝ポンプ場付近

旧佐佳枝ポンプ場跡地です。現在は市役所の公用車駐車場になっている場所に仮設道路があり、この先で城の橋通りと接続していました。

 

架線側、先の2車線道路のつなぎ目からこの場所に向けてスロープがありました。この辺りの堤防のコンクリート模様は他の場所よりも違っています。

 

この駐車場の場所には2011年まで旧佐佳枝ポンプ場がありました。銘板が記念碑として残されています。

 

城の橋通りとの合流地点です。

 

ここが仮設道路の終点です。

 

 

現在の城の橋通りです。豊島跨線橋撤去跡、歩道も含めて整備され、きれいな道路となりました。

 

以上、足羽川河川敷に残る道路跡の紹介でした。まだ福井の道路マニアには知られていない廃道です。

 

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