【北陸新幹線福井駅部工事記録1】(2005.5)北陸本線福井駅仮設ホーム・線路撤去中の様子

2005年より工事は始まった北陸新幹線福井駅部の工事記録です。ここでは北陸新幹線福井駅部の概要と2005年頃5月頃の福井駅周辺の様子を紹介します。

北陸新幹線福井駅部について

富山駅~金沢駅と福井駅は同時着工

2004年12月、政府は富山駅~金沢駅(金沢車両基地まで)間と福井駅部の工事着工をする方針を決定し、2005年4月、同区間の工事が認可され、6月に着工しました。福井駅部が飛び地認可されたのは福井駅付近連続立体交差事業に伴い、2005年4月に北陸本線の高架化が完成し、次にえちぜん鉄道の高架化が予定されていたためです。

1980年代の当初計画では新幹線高架橋は3階建てで、3階が北陸新幹線、2階にえちぜん鉄道が入る予定でした。北陸新幹線福井駅の構造を検討していた2002年頃、えちぜん鉄道(京福電鉄)は廃線の危機にあり、様々な議論が行われていました。政治的混乱もあり、このままでは北陸新幹線の金沢~敦賀間の認可にも影響がでるということで、京福電鉄が廃線になっても大丈夫なように新幹線とえちぜん鉄道の高架を別々に整備することで政治決着がされました。こうして現在のように高架は各線毎に別々に作られ、3階建ての駅舎は幻になりました。また、総2階建てになったことで各種計画の変更等で長期にわたり福井のまちづくりに悪い影響を与えました。例えば、福井駅周辺土地区画整理事業は線路敷地面積拡大により、日之出1丁目地区の道路幅員減少や街区面積の減少、日之出公園の縮小。一つの高架橋を新幹線とえちぜん鉄道が一緒に使う新幹線単線化案。北陸新幹線の金沢~福井間の先行開業の頓挫。高架下の床面積不足による拡張施設の整備。結果的に総事業費の大幅増などなど。

当初計画通り3階建てで整備していた方がよかったというのは結果論ですが、公共事業は当初計画とおり進めた方が良いという悪き例です。

 

完成間近の北陸本線福井駅(2005年3月頃撮影)

 

高架線への線路切り替えが完了し、真新しい高架線に進入する一番列車(2005年4月18日、松本1丁目付近撮影)

 

新・福井駅を発車する始発列車(2005年4月18日撮影)。ちなみに私は、開業したばかりの新改札を2番目に通った利用者です。

 

工事概要

・福井駅部工事実施計画認可:平成17年(2005年)4月27日

・工事総延長:約0.8km(高架橋:約0.7km 橋梁:約0.1km)

・最高設計速度:260km/h

・概算工事費:約81億円(2003年年4月価格)

・工事完成予定:平成20年(2008年)末

行程

 

 

ルート図

福井県サイトより引用

2005年5月頃の様子

2005年5月頃の様子です。北陸本線の仮線の撤去や仮設福井駅の解体、東西道路の整備が進められていました。

観音町踏切付近

東口都心環状線は未着工です。

・南→北向きに撮影

 

・北→南向きに撮影

北陸本線の仮線の撤去が了しています。

福井駅付近

・北陸電力北側より

 

・東口付近

解体が進む仮設福井駅ホーム、高架福井駅は共用済ですが一部壁面の残工事がありました。えちぜん鉄道の乗り場は10年後の2015年9月まで残ります。

 

手前の旧5番線ホームは主に大阪行きの特急が発着していました。

 

旧5番線ホームに停車する特急雷鳥(2004年撮影)

 

城の橋跨線橋跡付近

城の橋通りは建設中で、旧跨線橋の橋脚の撤去作業が行われています。

 

2本あった城の橋地下道は埋められました。

 

足羽川橋梁付近

・南→北向きに撮影

線路の撤去は終わり、架線柱が残っています。

 

・足羽川橋梁

撤去が進む旧足羽川橋梁、福井駅~南福井駅間は1940年に複線化されましたが、その時は九頭竜川橋梁のように単独橋脚でした。現在の旧橋は複線化時に架け替えられたと思われます。

・北→南向きに撮影

 

撤去が進む盛土、レンガ積み構造物が埋まっていますがおそらく明治時代の北陸本線開通時の遺構と思われます。撤去されるのがもったいない。

 

〇続き記事は下記リンクより、【北陸新幹線福井駅部工事記録②】旧福井駅舎解体・仮設線路撤去完了(2005.8~9)

【北陸新幹線福井駅部工事記録②】旧福井駅舎解体・仮設線路撤去完了(2005.8~9)

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